DETROIT: Become Humanをプレイした

steamでDETROIT: Become Humanが発売されたので、プレイした。具体的なネタバレは書かないつもりだけれど、記事後半は間接的にストーリーに触れてしまう事があるかもしれない。なのでその辺り気にする人は気をつけて。

まずこのゲーム、完全たるストーリーゲーだ。ゲーミングというよりは、映画を観ているようなユーザー体験。この辺り、ゲームをデザインするに当たってなかなか難しい所だとは思う。FF7がPS1で発売された時、そのあまりのイベントシーンの長さに「もうこれ映画にした方が早いんじゃねーの」って話をクラスの友達としてたのを思い出す。(そんでスクエニはその後本当に映画を作って、興行的には大失敗をした。僕も作品を観たけれど、そんなに面白くなかった。)

ストーリーゲーが目指す方向としては、今の所2つあると思っている。

一つは「プレイヤーの介入」を要素としてゴリゴリ入れて、映画より更に、登場人物に感情移入出来るようにする。選択肢Aを選ぶと恋人が死んでしまい、Bを選ぶと他の未来が切り開かれる、みたいなやつをガンガン入れていく。これでゲーム独自のユーザー体験が切り開かれる。欠点としてはストーリーチャートが複雑になりがちで、無理矢理つじつまを合わせようとするとストーリーがグダグダになる。

もうひとつは、ゲーム的な要素をゴリゴリ盛り込んでいって、「ストーリーも面白いけれど、戦闘もハマっちゃう!やりこみ要素満載!」みたいな感じで、ラーメントッピング全部乗せ的なコンテンツを盛り込んでいくパターン。最近のFFがそんな感じなのだけれど、欠点としてはストーリーゲーなのに「あーもうストーリーとかどうでもいいや」とプレイヤーが思ってしまう所。あとコンテンツ量が膨大になりがちなので、予算がある大手しか作れないところ。

で、DETROIT: Become Humanは前者の「あくまでストーリーで押していく」タイプのゲームだ。しかも何と、周回プレイを前提としたタイムパラドックス要素が入っている。更に更に、シーンスキップ機能を(多分わざと)付けていない。つまりプレイヤーは同じ映画を何度も何度も観るという事になるのだけれど、これは本当に挑戦的なゲームデザインだと思う。「同じシーンを何度も強制的に見せられたら、飽きちゃうじゃん!」と最初は僕も思っていたのだけれど、この硬派なdevチームは、『ストーリーや世界設定をどこまでも濃くする事で解決する』という方向性を取っている。

ちょっと一旦話が逸れるんだけど、映画「Back to the Future」の素晴らしい所の一つに、プロットの優秀さがあると思っている。すべてのセリフ、すべてのシーン、画面に映るものすべてに意味があって、繋がっているというのが良い。そこにアメリカンスピリッツのような「粋」さが加わって、ハリウッドは超絶エンタメ発信地となっていった・・・と言ってしまうと大袈裟かもしれないけれど。

で、DETROIT: Become Humanのプロットも本当に素晴らしい。初見プレイでは各セリフの「含み」には気づけないけれど、それでもテンポが良いので気にならない。2周目以降はその「含み」にプレイヤーは気付けるので、同じシーンが出てきても、また違った感情で没入出来るのだ。

「無駄なセリフやテキストが皆無」とは言わないけれど、ほぼほぼすべてのプロットが伏線だったり伏線回収になっていたりする、この濃度!すっげー詰めまくってブラッシュアップしていったんだろうなぁ・・・と、勝手にdevチームの熱意を感じてしまった。

この辺からストーリーにも触れていきます。

最初の方に書いた「感情移入」。このゲームでは人間とアンドロイドが登場するのだけれど、操作するのはすべてアンドロイド。超絶グラフィックス技術により人間のちょっとした表情や仕草が超リアルに再現されている一方、アンドロイドはそういった感情的な要素を持っていないという設定なので、ストーリー的にわかりやすく「俺はもう怒ったぞフリーザぁ!」とか「ユリア死ぬなぁぁ!」的な表現が出来ない。だけどゲーム後半になると、もう完全にアンドロイドの立場で物事を考えるようになっているのがすごい。

「超絶グラフィックスによるリアルさ」について書くと、別にポリゴン技術がすごいとか、解像度が高いとか、FPSがヌルヌルとかそうゆう話でもない。そりゃーその辺のベンチマークスコアは高ければ高いほど良いのかもしれないけれど、そこに人間のクリエイティビティが入ってくるから面白いのだ。どうゆう事か。

例えばKaraのオーナー、Toddの麻薬中毒っぷりの表現はなかなかすごい。覚醒剤を炙る道具みたいなのでRed Iceを吸引する一連の動作とか、ダイニングテーブルの端っこを片手でカリカリやる所とか、もう本当に心が重くなってくる退廃っぷり。そんでKaraはアンドロイドなので、Toddは人の目を気にしないというか、人間の見せたくない場面をプレイヤーのディスプレイに映しまくってくる。ちょっと前に文科省(間違ってたらごめんなさい)かどこかが、「DVのVR体験」というトラウマ必至の動画を作成したのだけれど、それに近い。ゲーム開始2時間くらいで、超重い気持ちになる事は間違いない。

そんでプレイヤーの介入なんだけど、超絶プレイを要求される事もない。「Eキーを押す」とか、「シフトキーを押しながら左クリックして時計回りにグリって回す」とかその程度。この「ムービーシーンみたいな所にちょこちょこ操作を要求するゲームシステム」って、何て呼ぶんだっけ?大体は否定的な意味で使われるこの仕様だけれど、DETROITに限っていうと、「あって然るべき」だと思う。

もうね、シーンによってはこの操作がプレイヤーの心を動かしまくる。キーボードをポチって叩いているだけなのに、全身に力が入る。マウスをグリグリやる度に、心がえぐられるような気持ちになる。とにかく重いんだよ。。。